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【熊本地震】復興は必ずしも必要ではない。「村を捨てる」という選択肢。

日々
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今回の熊本の地震をきっかけに書いてみたいと思います。

結論から書くと、
被災地の復興は必ずしも必要ではなく、時には村や町を見捨てる勇気が必要なんじゃないか。という、みんなの思っているベクトルとは真逆の考え方です。

www.huffingtonpost.jp

被害地の西原村は、物理的に村の存続が難しいようで、廃村も有り得そうです。村の持続ができないなら、無理して存続させる必要性は無いのは理解できると思います。しかしながら、他の村に目を向けても、廃村を考えたほうがいい場所だってあります。


南阿蘇村

鉄道の復旧

南阿蘇村も復興に時間がかかりそうな村の一つです。

熊本地震:南阿蘇鉄道、復旧見えず…観光・生活支える線路 - 毎日新聞


南阿蘇鉄道が深刻な被害を受けたようで、復旧には1年以上、30億円以上の時間と費用が掛かるとのこと。南阿蘇鉄道は、『国に財政支援を要請することを検討している。』ようなので、少なくとも国の財政支援が決まれば多額の税金が投入されるのは間違いありません。南阿蘇鉄道は第三セクター鉄道なので、税金が使われるのは間違いないでしょう。


沿線を見ると税金を投入するのは考えるべき

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南阿蘇鉄道の利用層にもよりますが、沿線を見ても復旧が必ず必要だと思えません。白川水源など有名な観光地はあるにしても、観光客はレンタカーなどを利用している人も多いので、やはり現地の人たちが利用するのが主な用途でしょう。


南阿蘇村の人口構成

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南阿蘇村の人口構成比は上記のグラフのようになっています。紫色が南阿蘇村の、緑が全国の人口分布を表しています。南阿蘇村には東海大学の農学部があるので、20歳前後の比率が高くなっていますが、それを除いた生産年齢で見ると全国平均より低くなっています。


南阿蘇村の人口は1.2万人で、10年後20年後を考えると、生産年齢の比率が明らかに低くなるでしょう。将来は今以上に超高齢化の村となり、村の存続自体も難しいでしょう。


インフラ維持費

鉄道の復旧問題から「果たして税金を投じてまで復旧させるべきなのか?」を考えてきましたが、自治体を維持させるにはその他にもお金が掛かります。インフラの維持費もそうでしょう。


例えば、水道や電気、ガスの維持費もバカになりません。一つの村に電気などを引くとしましょう。その村は10人しかいないのに電線をわざわざ引っ張っるのは合理的でしょうか?時にはメンテナンスも必要となるので、赤字です。赤字の補填はもちろん他の方の負担になります。


村に残っている人からすれば、村というのは自分のアイデンティティともなる場所なのでそう簡単に出て行く事もできませんし、僕らが「出て行け」と強制的に村から出す権利もありません。


確かに村に残っている人たちが素晴らしい生産性を持っているのならば、村を存続させる理由はあります。ただ、村に残っているのは年金をもらっている人たちの比率が高いです。つまり、「産み出すよりも、恩恵を受けること」の方が多いので国としても赤字の地域ということになります。


知ってほしいです。村を存続させるというのはどれほどのお金が投入されているのかを。


今必要なのはソフトランディング

ソフトランディングという考え方があります。

ソフトランディングは緩やかな着陸という意味ですが、自治体を運営する中でもこの考えは必要でしょう。いかにして、村や村の人に衝撃を与えること無く、緩やかに衰退させていくか。


地震で村ごと廃村になってしまうのは自然によるハードランディング(衝撃的な着陸=急速な廃村)とも言えるでしょう。ただ、村を急に廃止するのではなく、緩やかに廃止していくソフトランディングの流れも必要です。


ソフトランディングを根底に行政が動くという勇気も必要であり、真剣に考えて欲しいと思ってます。本当は、政府だってソフトランディングについて考えているはずですし、現在進行形で議論されていることでしょう。ただ表立って出てきませんが、行政は既に選択と集中は行っているのです。


東日本大震災での選択と集中

ちょっと過激的なことを言いますが、東日本大震災で三陸の復興が遅かったのには理由があります。


三陸の復興が遅かったのは、日本において重要な地域ではないから、です。


主要な道路が通っている場所と、地元民しか利用しない場所があったとしたら、日本の行政はどちらを優先して復旧させるでしょうか。もちろん前者ですよね。主要な場所がダメージを受けたままだと経済が滞ってしまいますから。


このように行政は「どこが重要な地域で、どこを優先的に復興させるのか」は考えているのです。こういう合理的な考えをするのですから、ソフトランディングについては既に議論され実行に移したいはずでしょう。


勇気を持って「村を捨てる」

感情論で話そうと思えば、無限に反論することはできます。


故郷を捨てるとか信じられない。ひとでなし。金が全てなの?などなど...村を捨てることに対する反対意見は山程出てくるでしょう。


僕が村を捨てるという考え方をした方が理由は至ってシンプルで、

  • 生産的でない村は負債である
  • 日本は深刻な高齢化と少子化問題に直面している

以上の2つの理由が主です。


今後の少子化と労働生産人口の減少を鑑みると生産性を追求していく必要があり、さらには老人を支えていく必要もあります。そんな中で負債となる地域にお金を投じてゾンビのように存続させて明るい未来は描けません。こういう現実的な側面を直視せずに、感情論で片付けようとするのは、逆に自分たちの生活を真剣に考えていないことの裏返しです。


寄付をする側もよく考えなくてはなりません。本当にその地域を復旧させるべきなのか。そこに人とお金を投じて良いのか。


熊本市も被害を受けたとは言え、市を中心とした主要な場所の復旧はとても早かったです。それは今の日本に必要だからです。今もまだ復旧が進んでいない場所は、政府における優先順位が低い地域とも言えます。


いま、我々ができることってなんでしょう。
無償の愛なんて言ってられない状況だと思います。


では